うたのむこう

違和感をよく感じて生きています。これだ!って気持ちを大事にしたい。

マナーの世界のお気遣いって、形じゃなくてルールが決められている

習い性となるといいますが、マナーのお教室に通い始めてからの3年で、「お気遣い」について考えることが多くなりました。

お気遣いの形って人それぞれだから押し付けになってしまうこともあります。お気遣いをしたのに、お相手にお気遣いと受け取ってもらえないことも多くあるんですね。

マナーの世界は言い切るなら「お相手を信じない」ことから発想するものです。そんな混沌とした世界で気持ちを伝えるには何かしらの基準が必要とされ「プロトコール」という型が設けられました。しかし、その型を守っていれば良いということにはなりません。型を守ることはエチケットに過ぎず、マナーの本質は「型を崩す」ことにあるからです。

その場に合わせて、そのお相手に合わせて型を崩すことがマナーです。

たとえば席次についても「本来あちらが上席ですが、この場では景色がよいお席を上席とさせていただいております」って一言添えること。素敵な方ほど、お相手のことを思って型を崩すことを非常に慎重にとり行います。お相手に選んでいただく形を取る。良いものを押し付けることは美しくないこと。だってその良いものって自分の物指しで測ったものだからって考え方です。

ここまで慎重になるのは、プロトコールが国々の境が近いヨーロッパで生まれ育ったものだからです。「異文化理解」を発端の一つに持つからです。

事前にいろんなことを想定しておいて、その場で多くを察知して、実行するにはお伺いを立てる――こんな方法がまかり通るのは、マナーの世界の中だけなんですけどね。

 

たとえば少し遠くの場所を指し示すとき

「手を肩よりも上にあげて何かを指し示してはいけません。そんなに遠いものを指し示すという状況自体が気遣いができていないということです。もう少し近くまでご案内してさし上げてから、指し示しましょう」

 

これほどまでの気遣いを要求される場は日常にはそうないどころか、これを愚直に守っていればビジネスでは「いい人だけどスマートではなさそう」って思われてしまう。この加減も型を崩すということ。つまり、マナーです。

 

マナーってお堅いものって思われがちだけど、案外使えるツールだなと思います。

実際、そうじゃないと上流階級の方々も身につけないだろうしね。