うたのむこう

違和感をよく感じて生きています。これだ!って気持ちを大事にしたい。

歌詞を紐解く

大切な曲を歌うとき、その歌詞の意味を紐解く作業をします。

自分なりの作業。


「空」とあれば、その天気は?時間は?時代は?雲のところまでか?宇宙まで見ようとしているのか?

などと考えます。

中学高校生の頃はこの作業に意味を見出せませんでした。
解釈ができたからといって、イメージを膨らませたからといって、その分だけ歌に反映されてる感じがしなかったから。
そもそも楽譜が持っている音や発音に時間をかけた方が効果的だと思えたから。


いま思えば、技術不足ですよね。

イメージをどう歌に反映させるかの技術。
譜読みに終始しないための、ソルフェージュ


その両方を少しずつ身につけた今は、歌詞を紐解くことの重要性を理解しています。


想像力によって、限定したいわけではないのですよ。

谷川俊太郎さんは、「合唱になると、あまりにも言葉の意味にこだわられると、演奏が作詞家の考えとは違う方向に行ってしまう気がします」とおっしゃってます。

必ず役立つ 合唱の本 日本語作品編

必ず役立つ 合唱の本 日本語作品編



これはその通りだと思いますもの。特に合唱やアンサンブルのときは。
ソロなら個人の思想を押し出すのもいいけれど、複数人である思想を歌い上げるというのはちょっと怖くないですか?思想をぴったり揃えることは不自然な気持ち悪さに繋がると思います。

かといって、それぞれの思想を押し出すべきというのでもないのです。思想によって息の継ぎ方、フレージング、発語のタイミングなど変わってくるものだからバラバラな演奏になってしまう。

これらも経た上で、歌詞を紐解くことが大切だなと思うのは、自由になるためです。

文字から。言葉から。

歌詞を紐解く過程で、様々な想像をするでしょう。その可能性を見比べて、およそこれかしら、というものを見つけていく。
この作業によってはじめて、私たちは歌詞を離れることができるのではないでしょうか。


合唱であれど、歌は手段です。
手段に縛られたくない。
想いによって方向付けられたい。

合唱は、揃っていなくては効果的ではありません。
だから細かい加減を揃えていく。

でも、その必然性には歌い手による誤差が認められていいのではないでしょうか。

それこそが、合唱の魅力のような気がします。