読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

うたのむこう

違和感をよく感じて生きています。これだ!って気持ちを大事にしたい。

知性や学習

かんがえ

昨年末から解剖学を学べるところを探していくつかの整体の学校に説明を受けにまわったのですが、そこで動機を聞かれます。

 

私が解剖学を習得したいと思う動機は「身体の構造を知ることで歌における自由を増やす」ため、つまり想い描くイメージにぴったりのパフォーマンスを身体から引き出す、そのために必要な素地になると思っているからなのですが・・

担当の方への説明のためにまず「昨年音楽大学を卒業したのですが」という前提を口にします。すると「どうして全く違う方向のものを勉強したいと思ったのですか?」と返されるのです。毎回。

 

 

アレクサンダーテクニークやロルフィングといったボディーワークのセミナーに行くと、必ず「音楽をされてる方はよくいらっしゃいますよ」という雰囲気なのですが・・解剖学を取り出して学ばれる方はあまりいないようです。

 

世間から見るとやはり音楽と身体というのは遠い存在なのですね。

 

音楽においても、スポーツ医学(?)と一緒で肉体的パフォーマンスを得るためにはどういう動きが適しているのか、もっと深めていくべきことなのだけれど一見すると世界が違うと感じるのもイメージの問題ですが頷けます。

昔は音楽と数字は密な関係でしたが、今は程遠いところというイメージを持つ人が多いですしね。

 

深みは深みでも、学術的な深みとは一線を画した特殊な精神的作用の深みみたいに思われているのだと感じます。

芸術は知性がないと薄くなってしまうし、学習していけないと上手くはならないのですが、「お受験」とか「学歴」だとかで日本社会は知性や学習の意味をはき違えているのではないかしら。